10年前の自分の椅子に座る

こんにちは。

こんにちは。しゅんです。
今回は『20歳の自分に受けさせたい文章講義』の第3章についてお話しします。

不特定多数の読者を想定するな

このブログでも、SNSの記事でも、漫画でも小説でも、必ず読者がいます。
この読者がいることで、書いて読んでもらうことが可能になります。
読者を意識して文章を書くことが大切だとは言われますが、
この著書を執筆した古賀史健さんは、「読者と同じ椅子に座る」必要があると述べています。

読者の心を動かすには10年前の自分、
もしくは特定の“あの人”のどちらかを読者にして書く以外ありません。
よくある失敗が不特定多数の人に向けて書くことで、
批判されたくないがために八方美人になったり、
読者をボヤっとしか想像できないために伝えたい思いが伝わらなくなったりします。

分かる人にはわかるでもいけない

10年前の自分を読者にして文章を書くと、
本来すべき説明を怠り、読みづらくなり、雑なものになる。
書くときは自分を読者にしても、
読み返して推敲するときはオカンでも読んでわかるか確かめてほしい。

説得するのではなく納得させる

書いて読み返して推敲しても読者の心が動くとは限りません。
心が動き、行動してもらうには、
読者が自分事としてとらえる必要があります。
自分事としてとらえてもらうには、
仮説を立て、読者と一緒に検証していきます。

書いてはいけないこと

自分事としてとらえてもらうためには信用を得る必要もあります。
文章にウソがあればその信用を得ることはできません。
しかし、ウソの大きさによってその判断は異なります。
ゴジラの世界に出てくるゴジラは巨大生物で実在しない。
つまり大きなウソになりますが、
ゴジラから逃げ惑う人が公衆電話で助けを呼んでいると
こんなことはあり得ない。と視聴者の熱が冷めることになります。
これが小さなウソですが、この小さなウソこそ書いてはいけません。
大きなウソはフィクションだと判断できますが、
小さなウソは現実だと思い込むので、それが違った場合は裏切られた気分になるのです。
だからこそ自分の頭で理解したこと以外は書いてはいけません。

最後に

顔が見えない読者を想像してブログを始めましたが
どれくらい詳細に書くか。
どんなテーマに興味があるか。
どこまでが一般的でどこまでが特殊なのか。
読者が決まらないと文章を書くことはできません。
書けたとしても何かボヤっとした感じになります。
私自身も特定の人がいれば特定の人。いなければ10年前の自分を読者にして
たった一人のために文章を書くようにしていきたいと思います。

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